ソープは、勝負を繰り返しながら、10のカードを数え続けた。
数時間後、ついに、チャンスが訪れる。 残ったカードは、28枚。
そのうち、10のカードは、12枚だった。 勝率は、56%に上がった。
この時ケリーの公式は、最低賭け金の5倍、250ドルを賭けるよう示していた。
勝負だ! … やったぜ! いただきだ!
これが数字を使ったブラックジャックの必勝法さ!
数字や物理の歴史に詳しい社会科学者は、言う。
“ソープこそ、カジノに初めて必勝法を持ち込んだ科学者と言えるでしょう”
“もともと確率論は、16世紀の初め頃からギャンブルに応用しようと研究されて
来ました。しかし人々の多くは、カジノ側が圧倒的に有利だと諦めていました”
“でも実際には、客が有利になる事があると、ソープは実証したのです”
ソープは3日間、ブラックジャックのテーブルに座り続けた。
用意した1万ドルのチップは、倍以上になった。
翌年、ソープは、このブラックジャック必勝法を著書で公開。
世界的なベストセラーとなった。
(BEAT THE DEALER/ディーラーをやっつけろ!)
そして1964年、ソープは、次なるターゲットに狙いを定める。
金融市場のウォール街だ。
当時、株価など金融商品の値動きは、規則性などない! 予測不可能なもの!
だとされていた。 それは、一滴のインクを、水の中に落とすようなもの。
静かに広がるインクを拡大すると、粒子が動き回っている。
ブラウン運動と呼ばれる、熱による、不規則な運動だ。
株価の動きも、こうした自然界の不規則な動きと同じだというのだ。
地球上には、一見すると不規則でランダムな動きが、数知れず存在している。
そんな、不規則な動きを、数式で表現する事はできないか?
科学者たちは、その数式を トゥルース (truth) =真実 と呼び、探し求める
事になる。
ソープを取材したウォールストリート・ジャーナルのジャーナリストは、言う。
“トゥルースとは、全てを統一できると、科学者たちが信じた数式です”
“彼らは、予測不可能といわれる金融市場の動きにも、公式があるはずだと
考えていました”
“トゥルースを探し出す事ができれば、大金持ちになれるというのです”
ソープが目を付けたのは、取引が始まったばかりの、新しい金融派生商品。
その名は、ワラント。 ワラントとは、株そのものではなく、株を買う権利。
購入すれば、現在100ドルの株を、1年後も同じ価格で購入できるというもの。
この権利を売り買いする。
株価が上がれば、購入時の安い価格で買えるため、儲かるという商品だ。
ソープは、早速、この商品の分析を始めた。
過去の値動きから、株価がどのような動きをするのか、確率論から予測する。
使ったのは、この数式。 (※数式は複雑すぎて記入できませんでした)
これまでの複雑な値動きを全て含めた、株価の平均値を求める事ができる。
はじき出されたのは、現在の株価より低い、95ドル。
値上がりは、期待できそうにない。 … 割に合わない商品だ。
だが、ここでソープは、画期的な方法を思い付く。
値上がりに期待できないなら、値下がりに賭ければいい!
値下がりで儲ける。 それは、空売りと呼ばれる手法だった。
まず、値下がりしそうな株のワラントを借りて来て、現在の価格で売る。
思惑どおり、株価が値下がりしたところで買戻し、ワラントを貸主に返す。
こうすれば、差額の分だけ儲ける事ができる。
しかし予想が外れ株価が上がれば、高い値段でワラントを買い戻さなければ
ならない。 そこでソープは、同じ銘柄の株そのものも購入する事にした。
そうすれば、ワラントの空売りで損した分を値上がりした株の儲けで補う事が
できる。
値下がりで儲ける、ワラントの空売り。 値上がりで儲ける、株の購入。
その割合を、絶妙に調整する数式を、ソープは作り上げた。
予測不可能と信じられてきた金融市場で、確実に儲けを出す。
これぞ、トゥルースの先駆けだった。
運用会社を立ち上げたソープは、利益を5%出せば合格と言われる時代に、
20%を超える驚異的な利益をたたき出す。
投資家を募るために、この手法を紹介した書籍を発表。
(BEAT THE MARKET/マーケットをぶっとばせ!)
ところが、ウォール街で耳を傾ける者は、いなかった。
数字や物理の歴史に詳しい社会科学者は、言う。
“当時は、ソープの様な数学的な理論で取引する人など誰もいませんでした”
“財務状況を調べ、重役の話しを聞いて、企業の価値を判断してから取引する
のが常識だったのです”
“ところがソープは、そんな事は全て忘れて、数式が導く答えだけに注目して、
戦略を立てろと言うのです”
“多くの人は、ソープの考えを、愚かだと相手にしませんでした”
ソープの金融市場必勝法は、数式だけを信じれば良いという、常識はずれの
ものでした。 科学者という生き物は、常識など、眼中にありません。
常識を疑い、常識を超えたところから新しい発見や発明が生まれるからです。
予測不可能と考えられて来た市場の動きにも、何らかの法則があるはずだ。
そしてその法則が見つかれば、これまで予測できないと思われて来たあらゆ
る現象を解き明かす、世界の真実トゥルースにたどりつけるのではないか?