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日本人SF作家が56年も前にパンデミックが起こる事を予見していた?

FC2 トラックバックテーマ:「子供のころに嵐、大雨、台風が来たときの気持ちは?」
私たちの生活を根底から変えた新型コロナウイルス。 世界中で死者・重症者
が増える中、決め手となる対策は、今も見えないままです。

、なす術もないのでしょうか?

今回は、未知のウイルスがもたらした空前絶後のパンデミックを、半世紀以上
前に予言していた、この本、小松左京作「復活の日」を取り上げます。

‘これほどまでに科学を発達させ、物質生産を豊かにした人類が… たかが
ウイルスに、僅か数カ月の間に滅ぼされた。 こんな事は、あり得ない!’
(復活の日より)

世界中に吹き荒れる、新型コロナウイルスの猛威。 この状況を、56年前、
前回の東京オリンピックが開かれた(1964)年に予見していたと話題の小説が
この復活の日だ。 後に映画化もされた、この作品。

人を死に至らしめる未知のウイルスが世界中に、まん延。 あらゆる努力も
むなしく、人類が絶滅の危機に追い込まれてしまうというストーリーだ。
書いたのは、SF作家の小松左京。 当時、33歳。 (1931-2011)

小松は復活の日で、パンデミックが起こる事を予見した、というだけではない。
変わってしまった私たちの日常までをも、リアルに描写している。 例えば、
人と人との微妙な距離感。 そして、いつしか芽生えた周囲への警戒心。

‘あふれるばかりだった乗客の数が、妙に、まばらになって来ている。ゆったり
した車内にもかかわらず、乗客の顔は、どれも、つきつめた不安な表情で
いろどられていた’  そして、ウイルスの感染拡大に伴う医療崩壊。

‘病院は、どの部屋も、高熱・重体の患者で満員であり、廊下の長椅子まで
ベッドに使われていた。 医師たちは、ほとんど不眠不休であり、何十時間も
ぶっ通しで患者を診ている医師もいた’ (復活の日より)

復活の日を読むと、私たちが今年に入ってから、ずっと見て来たような光景が
綴られている事に気付くだろう。

“驚くべき人ですよ。 サイエンスといいますか、それよく理解して、今の新型
コロナウイルスのようなパンデミックな事が起こるのではないかと予見したと
いうか…”

“常に小松さんは、ありそうな嘘をつく… ありそうな大きな嘘をつく… 小松さん
やっぱり、すごく、ある意味じゃ、怖がりなわけですよ。 だから常に最悪の
事を考えているわけですよ”

小松左京。 彼は、なぜ今のコロナ危機を予言したかのような小説、復活の日
を書く事が出来たのか?

運命の分岐点は1964年8月31日。 小松左京の小説、復活の日が発売された
日です。 小松左京。 日本屈指のSF作家です。

それまで空想科学小説と呼ばれていたSFを正確な科学知識に裏付けられた
新しいジャンルの文学として確立しました。 その第1弾が、復活の日でした。
この作品の中で、小松左京は、どんな未来を見たのでしょうか?

ある日、正体不明のウイルスが現れ、あっという間に全世界へと広がり、
人類は絶滅寸前にまで追い詰められます。 生き残ったのは、南極で越冬
生活を送る、各国の調査隊だけでした。

人々は、ここから、生き延びるための、すさまじい戦いを開始するのです。

第1の視点は、小松と同じく、日本のSFが産声を上げた頃にデビューした作家
豊田有恒。 同時代を駆け抜けた仲間が明かす、復活の日、誕生のアナザー
ストーリー。 まずは、復活の日のストーリーを見てみよう。

イギリス陸軍によって開発された、猛毒のウイルス兵器 MM-88 。ウイルスは
世界中に広がり、人類は滅亡の危機に陥ってしまう。 生き残ったのは、南極
にいた各国の調査隊だけ。 最果てに残された人たちは、国をこえて協力。

果たして人類は、絶滅を免れる事が、できるのだろうか…?
SF作家の豊田有恒は、復活の日を読んで、パンデミックの恐怖を初めて知った。

“やっぱり、怖くなりましたね。 こういうウイルスが流行ったら大変だという、
そのくらいの迫力がありましたね。 本当に、今から50年以上前ですからね。
だから、すごい先見の明ですよね”

予言の書、復活の日は、どのようにして生まれたのか?

ここ、豊田の家は、かつてSF作家たちの梁山泊(りょうざんぱく)だった。
小松をはじめ、星 新一、筒井康隆など、新進気鋭の作家たちが夜ごと集まり
酒を飲み、文学論に花を咲かせていた。

“星さんだけ、プロ作家として、いち早くデビューしていた。 小松さんにしろ、
筒井さんにしろ、スタートは、ほとんど同じだった。 やっぱり、何か一種の…
同じ志を持つ人間という事で、親近感はあった。 今、書きかけの話しとか、
そういうのを、よく喋りましたけど…。 小松さんは、ちょっと、別格ですね。
私らと才能が違い過ぎる”

小松は、別格…。 それを示す、こんなエピソードがある。

“当時のSF作家クラブで旅行に行った時は、星と小松は絶対に同じ車に乗せ
ないというジンクスがありましたけど、なぜかというと… 万一、交通事故が
起こった時に、2人も死んでしまったSF界が壊滅してしまうから、危機管理と
いう事を本気で考えてました”

SF。 サイエンス・フィクションとは、小松にとって、どのようなものなのか?
小松自身が語った、貴重な映像が残されている。

“SFというものは、科学のデータを踏まえて、科学者が学者だからやらないと
いうところを、イマジネーションとかスペキュレーション(思索)で補って書くわけ
ですけれど、これが実現したら、どうなるかというのを書くわけなのですけど、
身近なものですから、衝撃はですね…我々が近未来モノをきちんと書いたら
衝撃は大きいのです”

小松は、SFという文学の持つ、大きな可能性を信じていた。 だが、日本の
SFは、歴史が浅い。 本格的に根づいたのは、1960年代。 海外の優れた
SF小説が、紹介され始めてからだ。

‘(SFを)初めて読んだ時の感激は、今も鮮明だ。 私の中で何かが変わる
キッカケでもあった。’ (小松左京の自伝より)

科学的データから想像の翼を広げて、未来世界を見通す新しい文学、SF。
海外の作品に魅了された小松は、やがて、自らの手で、日本のSFを生み出し
たいと思うようになった。

だが、この頃はSFという言葉を、ほとんど誰も聞いた事のない時代。空想科学
小説と呼ばれ、純文学より1段低い、子供だましの文学と見なされていた。

“分かってもらえないという事ですよね。 SFの面白さが。 だから、それを突破
しないといけない。 今まで、普通の小説を読んで来た人たちが読むような
感じで、SFが読まれるようにならなければいけない。それがあったわけです。
空想科学小説は、一部のマニアのものだった。 一般の人が読むようになら
なければいけないと”

知的な読者をも、ひきつける新しいSFを作り出す。 荒唐無稽ではない、
リアリティーあふれる近未来を描き出す。

復活の日は、そんな小松の思いを込めて書かれた、日本初の本格SF長編
小説だった。 題材に選んだのは、感染爆発… パンデミック。 人類は長い
歴史の中で、パンデミックによって、何度も苦しめられて来た。

14世紀にヨーロッパで大流行した、ペスト。 16世紀にアメリカ大陸で猛威を
ふるった天然痘。 19世紀以降、人類を度々、苦しめたコレラ。 20世紀に
全世界を恐怖に陥れた、スペイン風邪。

実は、こうした疫病と文学とは、密接な関係がある。

14世紀のペストを背景に、文豪ボッカッチョは、デカメロンを書いた。 ペストの
感染から逃れた10人の男女が、迫り来る死の恐怖を忘れるべく面白おかしい
物語を語り合う。 ルネサンスを代表する名作となった。

児童文学の傑作、秘密の花園は、19世紀に猛威をふるったコレラで両親を
失った少女の物語だ。 そして20世紀に書かれたカミュのペストでは、感染症
対策で街に封じ込められた、人間の孤立感が描かれている。
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この作品は、新型コロナウイルスの感染拡大で注目を集め、静かなベスト
セラーとなった。 復活の日も、こうしたパンデミック文学の系譜の中に登場
した作品だ。

“だから、パンデミックという言葉も知らなかったです。 あの当時は。 今は、
もうカタカナ語で通っていますけど。 だから、そういう人類と疫病との戦いを
小松さんから初めて知らされた感じですね”

小松は、このアイデアを思い付いたキッカケを、自伝で、こう語っている。
‘復活の日の着想は、ロンドン・タイムスの、ロンドンでペストが発生という
記事を読んだのがキッカケだった’ (小松左京の自伝より)

小松も、実際に起きた出来事に触発されて、復活の日を着想した。 しかし、
復活の日には、それ以前の文学と大きく異なる点がある。 過去ではなく、
未来の途方もないパンデミックを、想像力で描いたSF作品だった事だ。

小松左京と同時期にデビューしたライバル、筒井康隆。 復活の日を、発売と
同時に読んだ。

“復活の日は、もちろん出て、すぐ読んでいます。 もう、待ちかねていました
からね。 やっぱり、うまいですよね。 パニックもの、ちゃんと心得ていると
いうか… だから、(小松さんは)現実を見ているから、現実の中の、ちょっと
面白いところを見るでしょ。 そして、その問題が、どんどん大きくなっていって
世界的に大問題になった時に、どういう状態になるかという事を考えるのが、
SFのひとつのテーマでもあるわけですよね。 考え方が…”

小松左京の無二の親友で、文化人類学者で石毛直道。 復活の日を発売後
すぐに手に取った。

“いや、近いうちに人類が滅亡する。 そんな事が考えられるのだと、あの本を
読むと説得力があった。 それに近い事が、今、コロナで起こっている。
小松さんは、まぁ、博識。 色んな事を知っている博識というだけではなくて、
それをもとにして新しい考え方を創造する。 そういった能力が、すごい”

なぜ、小松は、未来の出来事を、これほどまでリアルに描写する事ができた
のか? 同じSF作家として豊田は、そのカギが小松の得意とする文学技法の
中にあると読み解く。

エクストラポレーション。 日本語では、外挿法(がいそうほう)と訳される。

“エクストラポレーションという言葉があるのですが、SF作家が、流刑の惑星
について書く時、本当に、流刑の惑星に行った事がある人は、いませんから、
オーストラリアの歴史を調べるわけです。 そうするとオーストラリアの人は、
流刑の大陸と言われるのを嫌がるみたいですけど、初期には明らかに、そう
いうケースもあって。それで冤罪で送られる人とか、そういう人もいたわけです。
(18世紀末から19世紀にかけて、オーストラリアはイギリスの流刑地だった)
そこから今度は、それ(オーストラリアの歴史)を、宇宙の惑星に置き換えて
書くわけです。だからエクストラポレーションというはSFにとって1番必要な事。
小松さんは、この技法が本当に上手なのですよ”

つまり作家が未来の出来事を描く際、過去に起きた似た様な事を参考にして
未来の世界に当てはめて書くという文学技法だ。

“小松さんは、パンデミックの事を書きたかったのだと思いますね。 それを
いかにリアリティーを持って書くかという事で、色んなものを参考にしていると
思う。 復活の日を書く際には、ヨーロッパのペストの流行とか、日本の幕末の
コレラの流行とかを調べて、それを今度は人類の未来に向けて、将来的に
こういう事が起こりうるという事を、考えて書いたのだと思いますね”

小松は、復活の日を書くにあたり、先人たちが遺したパンデミックの記録を、
調べに調べた。 そして、そこに自らの培った知識と想像力を注ぎ込み、全身
全霊で、近未来のSF世界を生み出した。

だからこそ、小松の耳には、医療崩壊の疲労と絶望のただなかで医師たちが
交わす、こんな会話までが聞こえて来たのだ。

‘こんな事、一体、いつまで続くのでしょう? (中略) どんな事にも… 終わりは
あるさ…。 土屋医師は、ハッキリ寝言とわかる声で言った。 ただ、どんな
終わり方をするかが問題だ’

まるで現代のコロナ危機を知っていたかの様な小松左京の恐るべき想像力。
彼の未来への透視能力が発揮されたのは、復活の日だけではありません。

1974年の小説、日本沈没では、阪神淡路大震災や東日本大震災で起きた
危機を予見。 日本列島は海に沈み、脱出できた者たちも、難民となって
世界中を、さまよいます。 更に、もう1つ。

1982年のアメリカの壁では、ある日突然、アメリカ全土を取り囲む壁が出現。
トランプ大統領による、メキシコ国境の壁建設を予見したと、再評価されてい
ます。 これらを生み出したのは、想像力だけではありません。

小松左京の並外れた取材力の賜物(たまもの)でした。 復活の日でも小松は
当時、まだ、あまり知られていなかったウイルスについて、科学者顔負けの
調査と研究を重ねました。

第2の視点は畑中正一。 小松と親交のあった、日本を代表するウイルス学者
です。専門家が見た復活の日の、すごさとは?目からウロコのアナザーストーリー。

ウイルス学の世界的権威、畑中正一が、初めて小松と会ったのは、1981年。
研究者として、一躍脚光を浴び始めた、48歳の時だった。 小松が司会する
ラジオ番組に呼ばれたのだが、相手の事をよく知らなかった。

“小松左京さんが僕は実は知らなかったのですよ。どういう人かね。ただ復活
の日を、その前に読ませて頂いて、それで、あぁこういう人なのかと思って…”

実は畑中、この時に読んだ復活の日が、人生で初めてのSFだった。

“ビックリするほどでした。 はい。 復活の日は、非常にリアリティーがあって
科学的知識に基づいて書かれている。 その上で、SFが出来上がっている。
復活の日が、SFの本来のあり方だと思う”

科学者さえも、うならせた、小松左京の頭の中とは?

畑中がウイルスの研究を始めたのは、1960年代前半。 海外では次々に新種
のウイルスが発見されていたが、日本では、まだ、ウイルスという言葉すら、
一般には知られていなかった。

Q: 学校の… 例えば、高校の生物で習う…。

“いや、それは、もう全然!その頃、そんなもの全然ありませんでしたからね。
高校の生物では、まだ”   Q: そうなのですか?

“もちろん、ないですよ! はい。 そういう時代だったのですよ。63~64年は”

小松が、復活の日を書き始めたのが、まさに、その時代。 小説に必要な
ウイルスの知識を学ぶ術が、ほとんどなかった。

そして畑中も、研究分野の情報を手に入れる事に苦労していた。 当時は、
海外の最新の論文に触れる機会が限られていた。

“科学雑誌のサイエンスにしても、本にしても、1960年代のはじめ頃までは、
外国からは2、3カ月遅れ、船で、やって来た。 だから、2、3カ月遅れでしか
読めないのですよ。 当時、1番、最先端の事は、どこで分かるかと言うと、
アメリカ文化センターです”

最新の欧米科学雑誌が、そろっていた、アメリカ文化センター。 畑中ら研究者
にとって、唯一ともいえる情報源だったが、なんと小松は毎日のように、ここに
通っていた。

‘アメリカ文化センターに、サイエンティフィック・アメリカンが、あったんだ。
多い時には、週5日くらい。 (中略) コピー機がない頃だから、とにかく書き写し
とくんだよ’ (小松左京の自伝より)

世界最先端の情報を、原文のまま手書きで写した小松。 復活の日には、
小松が苦労に苦労を重ねて集めたウイルスのついての知識が、ふんだんに
詰め込まれている。

‘ウイルス! 物質と生命との境界領域に広がる、極微の謎’ (復活の日より)
さて、みなさんは、このウイルスが、一体、どのようなものなのか? ご存知
だろうか? 細菌よりも、はるかに小さいウイルス。

中にあるのは、DNAやRANという遺伝子情報を持つ、核酸(かくさん)。 そして
そのまわりをタンパク質の殻が覆っているというだけの単純な構造。 この
核酸が人間や動物など、生き物の細胞に入り込む事で感染・増殖するのだ。
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“核酸というのは、生物の根源。 遺伝情報を持ち、伝達する。 その全てが
核酸によって、なされる。 生きとし生けるもの全てが、そうなのです。 それは
生命体、僕らも、それからウイルスも、みんな同じです。 核酸です”

ちなみに今よく聞くPCR検査とは、核酸を調べる検査の事。 コロナウイルスの
核酸が検出されると、陽性と判断されるのだ。

“PCRやってるのは、実はコロナウイルスの遺伝子を、核酸を、はかってる
わけです”

小松は、いち早く、この核酸に目を付け、最も危険な兵器として、復活の日に
登場させた。 ‘核酸兵器ですよ。 核酸というやつは、無限に病原ウイルスを
増殖させて行くのです’ (復活の日より)

復活の日のウイルス兵器、MM-88。 そこには、科学的知識に裏打ちされた
緻密な仕掛けがあった。 ウイルスに感染した細菌…という設定にしたのだ。

つまり細菌の中に、ウイルスが、ひっそりと隠れているという状態。 そのため
感染の真の原因が分からず人類はパンデミックの前に、なす術もなく敗れ去る。
この細菌の中に入るウイルスこそ、小松が入手した当時、最先端の情報だった。

“当時、1963年の頃、細菌の中に入るウイルスの研究が非常に盛んだった。
それを、ちゃんと復活の日に書かれているのですよ。 MM-88は、その延長
線上にある”  更に小松は、このウイルスに、もう1つの仕掛けを施していた。

通常のウイルスは、核酸がタンパク質の殻に覆われているが、これは、核酸
だけのウイルス。 つまり、むき出しの核酸という、意表を突いた設定だ。

これによって、感染力と毒性が飛躍的に強まり、人類は瞬く間に、絶滅へと
追いやられる事になる。

晩年の小松と親交を結び、生命科学の観点から作品を読んだ医師。
むき出しの核酸というアイデアを、こう評価する。

“小松先生としては、ウイルスそのものを設定しただけでは、科学的に面白く
ない。ウイルスだと、現実にあるガジェット(小道具)を使って、ただパンデミック
を描いただけになる。 それに対して、全く新しい病原体を使う事によって、
日常に潜む恐怖、パンデミックが起きて人々が死んで行く。 そこがやっぱり
SFの醍醐味だったのだと思う。 ただ、そのSFの設定を考える上で、かなり
科学的に正確に考察されている。むき出しの核酸という、当時としては最先端
すぎる発想を発表する。 仮説ではあるのです。 我々と違って、それを実証
しようという形で研究はしてないのですけれども、でももし小松先生が科学者
だったら、実証しようとしたと思うのですよね。 そういった意味で、これは…
ひとつの学説を発表するくらい、ディテールが細かく記載されている”

復活の日が書かれた当時、むき出しの核酸など、架空の存在だと考えられて
いた。 ところが、僅か3年後、驚くべき事が起きる。

ないはずの、むき出しの核酸が、発見されたのだ! それが報告された、
1967年のウイルス学会に、畑中は参加していた。

“ビックリした。 ビックリした。 もう、あっ、そんなのがあるのか!と。ウイルス
と言えば必ず核酸がタンパク質に包まれているものと。むき出しの核酸なんて
誰も考えていません。 でも小松さんは、1964年に書いているのですよ!
これは、スゴイですよ”

小松は、むき出しの核酸が存在する事を、現実よりも早く予言していたのだ!
ただ幸いな事に実際に発見された、むき出しの核酸は、植物にだけ感染する
もの。 人間や動物に感染してパンデミックを引き起こすものではなかった。
復活の日は、未来の学説までをも予言していた。

“顕微鏡で復活の日を読んでも未来を予言しているし、マクロな群衆劇として
見た場合でも、今回のパンデミックを予言している。 小説としては底知れぬ力
を持っているという、恐ろしい文学だと思います”

“とにかくサイエンスを真摯に読み、そして理解しようとし、その上でSFがある
わけだから、これが本当の意味でのSF小説家ですよ。小松先生に脱帽です”

復活の日のパンデミック。 日本沈没の大地震。 小松左京は、まさに奇跡の
預言者でした。 しかし、その予言が現実のものとなった時、預言者自身は、
どうしたでしょう? これは、阪神淡路大震災直後に小松が書いた現場報告。

小松は、居ても立ってもいられず、被災地へ駆けつけたのです。 その渾身の
リポートは、小松自身の精神まで追い詰めるほどのものでした。

これを書き上げた直後から、彼は、病床に伏せる事になります。そして小松の
絶筆は、東日本大震災のあとに出版された、この本の序文でした。 日本の
未来を、深く遠く見通し、自らの魂を削るように書き続けた、小松。

その使命感は、一体、どこから生まれたのでしょうか?

第3の視点は、長年、秘書を務めた人物。 小松左京の創作の源を、最もよく
知る女性です。 傍らにいた者だけが見た、巨匠の原点に迫るアナザーストーリー。

彼女が小松と初めて会ったのは、1975年。大ベストセラー日本沈没を発表し、
作家として脂が乗り切った時期で、多忙を極めていた。

山のように来る仕事を、効率よくこなすため、打ち合わせの相手には、皆、
ホテルのラウンジに待機してもらっていたという。

“ガーデンラウンジって非常に広いとこなので、小松さんが話しをしてるでしょ。
次の人は、もう来て、別の机で待ってるわけですよね。 こっちが終わったらば
おっ!と言って小松さんが、ここへ来ると。 そして、そこで、また話す。 また
次の人が来て、こっちの辺に座ってて、おっ!と言って、こっちに移ると。
次々と、こなして行くわけですね”

いつも、たくさんの人に囲まれていた小松。 常に人を笑わせ、自身も笑顔が
絶えなかったそうだ。

“例えば小松さんが、私の名を呼んで、は?とかって言うと、紙袋にフーッて
なってて…バン! 破裂させて驚かせたり、そういう事をして喜んだり”

Q: 小学生とか、中学生じゃないですか。
“そう。 子供並みのイタズラをするのです。 フフフ…”

そんな小松の表情が、一変する瞬間があった。 戦争の話しをする時だった。

Q: 普段の感じの小松さんとは、やっぱり、ちょっと違う感じですか?
“全然、違いますね。違う。 そんな冗談なんかじゃない。絶対、冗談じゃない”

Q: ああいう表情ではなかったですか?
“全然、笑ってる顔じゃないですよ。 つらそうな顔…”

秘書の彼女だけが耳にした、小松左京の胸の内とは? 1931年、大阪に
生まれた小松。 少年時代は、戦争とともにあった。

‘空襲で焼けたままになっている家の、遺体を片付けるアルバイトをした事も
ある。 (中略) あの光景が、今でも夢に出てくる事がある。 青春は、まだくす
ぶり、焦げた臭いを放つ焼け跡から始まった’ (小松左京の自伝より)

生前の小松は、ほとんど誰とも、戦争の話しをしなかったという。 その話を
聞いた彼女は、小松に、こんな問いかけをした事がある。

“小松さんも、戦争がなかったら、どうなっていたと思いますか?と聞いたら、
戦争がなかったら僕はSF作家になっていなかったと、いう風に言ってました”

小松左京と同学年で友人の社会学者も、小松と同じく、少年時代に空襲を
体験している。

“つまり敗戦の年15歳でしょ。私は陸軍幼年学校でした。それから小松さんは
勤労動員に行っていたし。 我々は、幼いながら、1人の兵隊として扱われて
たのです。 ですから周りで、空襲で人間が、たくさん死んで行くありさまを、
15歳の少年は見てるのですよ。 黒焦げの死体が山のようになった姿を私は
見ていますしね。 小松さんも、それを見ていたに違いない”
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友人の社会学者が、初めて復活の日を読んだ時、SFではなく、戦争文学の
ように感じたという。

“当時、核戦争の事は問題にしていましたけれど、生化学兵器の事は、注目
されていなかった。 しかし、生化学兵器というのは、これは、誰が、どこで、
どう始めるか?分からない戦争ですね。 そして、生き残りたい人間だけが、
あらかじめ知られない方法で抗体を、つくっておけば、残りの人類、全部、滅
亡させる事ができる。 小松さんが、やっぱり、そこに着目したところが偉いと
思うのです。 つまり、誰が始めたか分からない戦争なのですよ。 ですから、
決して私は、あれは予言の書ではないと思う。ある時期に、戦争体験を持った
人間が作った、壮大な小説。 リアリズムの小説、そういう事だと思いますよ”

人類が自ら生み出したウイルス兵器によって自滅する姿を描いた復活の日。
それは、小松の戦争に対する警鐘でもあったのだ。

“復活の日というのは、いわば、長編の第1作なわけですよ。 小松さんの。
本格SFの第1作なわけです。 そこで本当に、SF小説でなければ描けない。
宇宙の中における人類文明のありよう・危うさ・希望。 そういう事を、やっぱり
SF作家として伝えなくてはいけない。 かなり小松さんは気負って、もう、もの
すごく緻密に考えて、このテーマを選んだと思いますね”

復活の日と並ぶ、小松左京の代表作、日本沈没。 この作品も、復活の日と
同時期の1964年に執筆を始めている。 書いた動機は…。

‘書き始めた動機は戦争だった。 本土決戦、1億玉砕で、日本は滅亡する
はずが、終争で救われた。 政府も軍部も国民も、1億玉砕と言って、本当に
日本国民が、みんな死んでもいいと思っていたのか? 日本という国が、なく
なってもいいと思っていたのか? だったら、1度、やってみたらどうだ’
(小松左京の自伝とSF魂より)

そんな思いが凝縮した日本沈没。 史上最大級の地殻変動によって、次々に
大震災が起こり、日本列島は、丸ごと海の中に沈没してしまう。

日本という国がなくなってしまった時、私たちは、どうやって生き延びるのか?
重い問いかけが、描かれた。(当時、日本沈没は400万部を超すベストセラー)

しかしこの作品が、後に小松を苦しめる事になってしまう。 1995年1月17日に
起こった、阪神淡路大震災。 大阪に住んでいた小松も、被災した。

“あの日、午後3時かな… 小松さんの方から電話が入ったのです。 こっち
からは、もう電話、通じない。 で、これから、この震災に全てシフトするからと
言ったのです”

震災にシフト。 64歳だった小松は、すぐさま被災地に入り、密着取材を開始
したのだ。 被災者はもちろん、行政から研究者に至るまで、精力的に取材。

震災の全貌を記録しようと考えた。 それには、理由があった。 実は小松、
日本沈没の中で、こんな描写をしていた。

‘高架道路の橋脚はもろくも傾き、道路はひん曲がって、何百台もの自動車を
砂をこぼすように地上にぶちまけた’

被災地では小松の書いた、まさにそのままの光景が目の前に広がっていた。

“その後は、もうホントに取材に来た人たちなんかが、小松さん!日本沈没
みたいですね!ってね。 若い人から…取材に来た人から言われてね。
もう、ホトンに、つらかったと。だから責任が…自分が書いたから、ああなって
しまったように思ったって、いうぐらいですよ。そのぐらい、もう、自分の責任を
感じたと言ってましたからね。日本沈没を書いた者の責任として、これを記録
に残さないといけない。 それは、やっぱり、責任だと思ったみたいですね”

現場を訪れ、被災した人たちから話を聞く日々が、半年ほど続いた頃…。

“小松さんは、絶対、弱音を吐かない人なのですが、ある時、真夏の本当に
暑い時に電話がかかって来て、僕ね、つらいんだよね…という、珍しく弱音を
吐いた事があったのです。 夢に見たと。 うなされて、何だと思ったら、大空襲
の時の自分の記憶が夢に出て来たと言うのです。 それが、地震でガレキの
山になった景色とオーバーラップしたと…”

書いた作品への責任と、子供の頃に見た焼け跡の記憶。 2重の苦しみの中、
渾身の取材を続けた小松は徐々に精神のバランスを崩し始める。ウツ病だった。

“ホントに、だから、いつだって、やめたっていいと思いましたよ、私は。 もう、
だって、ホントに、つらいと思うし、小松さんの体が1番大事ですからね。だけど
小松さんとしては、やっぱり、やりたいと。責任感が強い人なので、やりたいと
思っていたわけですよね。 結果的には、続けられて良かったと思いました”

うつ病の中で、取材を続けた小松。 1年にわたる新聞連載を無事に終えた。

当時、小松の取材を受けた男性。東京で文化財の修復をする仕事をしていた
彼は、震災が起こって、すぐ、被災地に駆けつけた。 被災者の大切な写真や
思い出の品を探し出し、修復するというボランティアを行った。

“位牌とか、アルバムとか、本とか、何か思い出になりそうな物を探して、その
人の、よりどころになる物は救い出そうと…”

その活動を展示していた会場に、突然、小松が現れたという。

“小松さんが展示会場に来られて、非常に熱心に、1つ1つ、スキップしないで
これ何?これ何? 1個1個、飛ばさずに順番に見て、時間も気にせずに回って
行かれた。 それは非常に、やっぱり印象的だったのですね”

日本沈没や、復活の日といった小説で、未来に起こる数々の災厄を予言して
来た小松。 しかし、現実の災害と遭遇し、先が見通せない中で、した事は、
毎日の地道な取材だった。

“小松さんもたぶん、先に何があるか? 1年後に、何が、ひらけるか? 何も
先は分からなかったと思う。ただ毎日毎日を積み上げていると、それがきっと
本能的に、私たち、色んな専門家が感じたように…明日につながっている。
あるいは、未来に大事な事をしていると思ったのだと思う”

後に小松は、震災の取材について、こう振り返っている。

“大きな被害とショックを起こしたけれど、未来への教訓を引き出せるんじゃ
ないか? 教訓を、しっかり… 未来への遺産としての教訓を作り上げないと、
被災された方々への責任が取れない”

そして2011年3月11日(東日本大震災)。全ての日本人に向けた、この言葉が
小松左京の絶筆となった。

‘SF作家になった人間として言いたい。 私は、まだ人間の知性と、日本人の
情念を信じたい’ (3・11の未来より)

2011年7月26日。 小松左京永眠。享年80。 小松の最期を見届けた元秘書。
最近、復活の日を読み直して、気付いた事があるという。

“復活の日の中に、パンデミック・感染症。 これは意図的に作られたものでは
あるけれども、こういう形で人類が滅んでしまったあとの… 南極に残された
1万人足らずの人たちのサバイブ(生存)の仕方…だけども、やっぱりそれでも
生きて行く。 残されたものは、生き続けなくてはいけない。 やっぱり、それは
小松左京的ですね。最後まで諦めない。そこが、やっぱり小松左京的だなぁ”

小松左京によって書かれた、日本で初めての本格SF小説、復活の日。
人類を絶滅のふちに追いやった、未知のウイルスというパンドラの箱の底に、
小松は、未来への希望を書き残していました。

今も、そして、これからも、世界は新型コロナウイルスとの闘いを続けなくては
なりません。 もし、小松左京が生きていたら、こう言うのではないでしょうか?

私は、人類の復活を信じると…。  復活の日の最終章。 生き残った人類の
再生に向けた戒めの言葉が書かれている。

‘復活されるべき世界は、大災厄と同様な世界であってはなるまい。 とりわけ
ねたみの神、憎しみと復讐の神を、復活させてはならないだろう’

どんな厳しい時代でも、未来が希望に満ちる願いを込めて、小松左京は、
復活の日というワクチンを、世界に、うったのかも知れない。

“小松さんは、ずっと、そうでしょ。 復活の日にしろ、日本沈没にしろ、未来、
人類に希望をというね。 人類に希望を持っていますよね。 全ての作品でね。
もう、ずっと、そうですよ。 彼の場合は…”

“やはり日本人は、大したものだと思うのですよ。 とにかく小松左京の復活の
日が、現在も読まれ続けているという事がね。 読めば、小松さんのメッセージ
は伝わる。 メッセージというのは、コロナウイルスに対する理性を持つ。
これは、やっぱり最後は理性が勝つ。 それが書いてある。 人類を救うのは
理性。 それが、復活の日だ!”
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2021年12月下旬現在、世界は新型コロナウイルス感染症 COVID-19 の
世界的流行、すなわち、パンデミックの真っただ中にいます。

発生から2年を経て、当初の原因不明の肺炎は、その病原ウイルス、病気の
メカニズム・症状・治療・予防・疫学状況などについて、かつてないほどの
スピードで理解が進みました。 開発には、数年以上かかると言われたワク
チンは、1年足らずで実用化され、現在、国内では、およそ80%の人たちが、
2回目のワクチン接種を済ませています。

国内においては、これまでにない感染者数の急増と、それに伴う重症者数の
増加、すなわち、第5波と言われてるものが、7月から8月に見られましたが、
9月から10月にかけて急激な減少が見られ、12月中旬には、本年最低の
新規感染者数の発生となりました。
(しかし2022年になると、新規感染者数が10万人を超える波が相次ぐ)

この状況が、このまま落ち着きに向かうのか?新たな変異株、オミクロン株の
登場によって、再び増加の山を迎えてしまうのかは、まだ、明らかになっては
おらず、予断を許さないところですが、フッと息をついて、よく辺りを見回す事が
できる時期でもあると思います。

人類は、感染症との闘いの繰り返しの中で、かつては、病原体の強さの方が
際立っていましたが、病気を知る事によって生活の中での防衛方法すなわち
手を洗う、食べ物には熱を通す、清潔な生活をするなどの方法を身につけ、
そして科学の力で治療薬・ワクチン、それらを手に入れて来ました。

人の力で根絶できた感染症は、天然痘ただ1つですが、感染症が発生しても
できるだけ広がらないように、重くならないように、工夫や注意を重ねながら、
通常の生活を維持できるようにして来ています。

新型コロナウイルス感染症は、新たに出現した病なので、未知の事も、まだ
多数ありますが、たった2年足らずで日常生活の中での我慢や注意に加えて
ワクチンや治療薬、そして治療方法などにも大きな進歩が見られています。

もう少しの間は、我慢できるところは我慢をし、しかし一方、緩められるように
なったところは、緩めながら、時間を稼いで、更なる対策を進歩させて行くと
感染症の存在に注意をしながら、日常の生活をする新たな感染症と共に
暮らせる時は、遠からず来ると考えています。

改めて、3密を避けるですが、新型コロナウイルス感染症は、基本的に、その
感染力は、それほど強いものではなく、感染者の約8割は、他の人に感染を
及ぼさないと、考えられるものでした。

国内でのクラスターの調査では換気が不十分な環境、つまり密閉された空間
そこで人が狭い空間で多数集まり、密集した状態、そして狭い距離で大きな
声で喋ったり歌ったり、つまり密接という状態が重なっているほど感染リスクが
高まり二次感染者、次々にうつるという事が多くなる事が明らかになりました。

ここから3密を避けましょうという事が、呼びかけられるようになり、新型コロナ
ウイルスの対策として、すっかり定着しました。 密閉とは、窓がなかったり、
換気が出来なかったりする場所の事で、対策は何と言っても換気にあります。

最近では、換気がよく行われているかどうかの目安として、空気中のCO2
濃度をモニターする簡易測定器などが、広く利用されるようになって来ました。

ところで、このような感染症対策は、決して目新しいものではありません。
インフルエンザシーズンには、人混みは、できるだけ避け、エチケットマスクを
しましょう! 時々、窓を開けて空気の入れ替えをしましょう!と、呼びかけら
れています。

新型コロナウイルス感染者が触れた場所、物などからの接触感染もありうる
と考えられるので、感染者が接触した可能性のある場所の消毒や、また、
そのようなモノに触れた可能性から、手指衛生、手洗いとか消毒、これらを
する事は、新型コロナウイルスの感染のリスクを下げるとされていますが、
これも感染症予防の基本で、ノロウイルスシーズンや、食中毒シーズンには、
手を洗いましょう!手指衛生をしましょう!と、呼びかけて来た事と、大きく
変わる事ではありません。

これまでの感染症対策の基本を、きちんと行う、この事は新型コロナウイルス
感染でも同様の事となります。

新たな変異株であるオミクロンは、感染の拡大が速い。 これまでに感染した
人でも、オミクロン株の感染は防ぎ切れない。 ワクチンの効果が低くなって
いるのではないか? などの不安な情報がある一方で、重症度の増加などは
ないようで、多くの人は軽症で済んでいるというような報告も増加しています。

いずれにしても、先ほど述べたような感染症対策の基本は、感染症全般に
共通の事であり、新型コロナウイルスについても従来型であろうが、デルタ株
であろうが、オミクロン株であろうが、変わりはありません。

これらを忘れる事なく、そして、過剰にならない程度で、日常生活の中で溶け
込んで来ると、感染症に対して強い社会になって行くと思います。

この点、日本は、海外諸国に比べ、既に浸透している行為、あるいは行動で
あり、これらを更に生かして行く事が重要であると考えるところです。

私の考える With コロナ時代というのは、インフルエンザや肺炎球菌肺炎
などを代表とする呼吸器感染は多く、いずれも重症になる事は、まれではなく
殊に、高齢者にとって命取りになる事があります。

また流行が広がれば若者、小児にとっても侮れない事がありますが、ワクチン
などによる予防ができ、感染したとしても簡単な検査で早い診断、そして早い
治療が出来れば、不安は、かなり解消されます。

新型コロナウイルス感染症と、季節性インフルエンザと、比較をしてみると、
国内でのインフルエンザは、1シーズンで数百万人から1千数百万人の受診
者数が推定されています。

新型コロナウイルス感染症は、この2年間に、200万人弱の検査陽性者数
なので、新型コロナは、インフルエンザほどは、かかりやすい病気ではない
ようです。

一方、死亡者数は、インフルエンザが大流行すると、1シーズンに1万人から
2万人が亡くなると推定されています。 新型コロナの場合は、この2年間で、
約2万人の方が、残念ながら亡くなられています。

つまり新型コロナは、インフルエンザほどかかりやすい病気ではないけれど、
一旦かかると、インフルエンザより重症になりやすく、インフルエンザや風邪
並みとは、到底、言えそうにありません。

しかし、ワクチンや治療薬・治療法の進歩で、致死率が、今の10分の1以下
ぐらいになれば、インフルエンザ並みとなって来るので、その時には、日常
生活に戻せるのではないかと思います。

ただし、患者数が急速に増えれば、割合は低いとしても、重症者・死亡者数の
数は一気に増えてしまうので、やはり、できるだけ感染症が広がらないような
工夫、人にうつさないように、という気遣い・心遣いは、とても大切です。

これは、一般の方の力によるところが大きくなります。 重症者や重症になり
そうな方には、適切な入院治療ができるように、軽症者は、一般外来や在宅
での治療ができるようにする。

これは、医療の仕組みを整える政治や行政、そして患者さんに直接触れる
医療者の力によります。

また、保健所は患者さんの相談や医療福祉サービスの提供、疫学調査などを
きちんと行う、本来の公衆衛生活動を担う事が必要です。

これらが、きちんと出来れば、落ち着いて通常の医療や予防活動・健康診断
などが、スムーズに行われるようになります。

つまり注意をせずに普通の生活が出来るのではなくて、注意をすれば普通の
生活が出来る。 これが、With コロナの時代の状況と考えています。

そして、新たな感染症と共に暮らせる時、これは多くの人々の努力によって、
遠からず来ると、私は考えています。



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